<漁船転覆>出迎え、笑顔なく 救助の3人は涙流し
千葉県犬吠埼(いぬぼうさき)灯台の東約350キロの太平洋上で23日午後、福島県いわき市の巻き網漁船「第58寿和(すわ)丸」(135トン、乗組員20人、今野恵洋船長)が転覆し、4人が死亡、13人が行方不明となっている事故で、転覆・沈没したとみられる第58寿和丸の乗組員で救助されたワイヤ長、豊田吉昭さん(49)=青森県八戸市=ら3人と亡くなった4人の遺体は24日午前8時15分、僚船に乗って母港である福島県いわき市の小名浜港に帰港した。遺体は港から約2.5キロ離れた葬祭場に向かい、遺族らも次々と集まった。救助された3人は「自分を守るのが精いっぱいで、周りを助けられず残念」と悔い、無事を祈り続けた肉親らにも笑顔はなかった。
◇岸 壁
青い空が広がるなぎの小名浜港。乗組員らを乗せた僚船、第6寿和丸が入港。接岸すると、海保の職員約10人が乗り込み、青いビニールシートで出入り口付近を覆った。
救助された甲板員、新田進さん(20)=福島県いわき市=の母裕美さん(46)は、ゼリー状の栄養補給食品30個入りのビニール袋を手に岸壁で出迎えた。午前8時前に「ゼリーがほしい」と父正さん(60)の携帯電話に電話があったという。岸壁から進さんを乗せた車に駆け寄った裕美さんは「とりあえず陸に上がってこれてよかった」と喜びながらも「1人でも多くの人が助かることを望んでいる」と一転して厳しい表情で話した。
救助された甲板員、大道孝行さん(37)=岩手県野田村=も海上保安部のワゴン車に乗り込んだ。出迎えた義弟(31)は「本人は泣いていた。亡くなった人もいるのでつらいと思う」と言葉少なに話した。
救助者はいわき市内の中村病院で健康チェックを受けた。中村雅英理事長は「3人とも油と海水を飲み、熱が出ている人もいるが、命に別状はない」と話した。
3人は漁協内で、野崎哲組合長や乗組員の家族に対し、「自分の身を守るのが精いっぱいで、周りの人を助けられずに残念です」「すみませんでした。元気にみんなで帰って来るはずだったのに」などと涙ながらに話した。
◇葬祭場
葬祭場には午前9時ごろ、遺体を載せたワゴン車など4台が入り、遺族が不安そうに見守った。遺族ら関係者約40人は駐車場から入り口までの砂利道を重い足取りでたどった。年配の女性は「疲れていますので……」とぽつりとつぶやいたが、ほとんどは無言でうつむいたまま。
しかし、遺体との対面が検死後と知らされると、宿泊先のホテルに戻る人も。目を赤く腫らし、手で目頭を押さえていた年配の女性もいた。若い男性は「まだ会えないので、何とも言えない……」とうつむいていた。
◇説明会
小名浜機船底曳網漁業協同組合内に設けられた家族の待機所では、帰港した「第6寿和丸」の船長らが午前9時45分ごろから、行方不明者の家族に事故状況を説明した。家族からは「何とか助けてほしかった」と涙ながらに訴える声も上がった。
「信じられない」。行方不明となった機関員の吉田悦雄さん(56)=岩手県奥州市=の妹盛子さん(53)は声を詰まらせた。盛子さんによると、吉田さんは母と妹の3人暮らし。中学卒業後、吉田さんは父親や兄の背中を追って、巻き網漁船に乗った。しかし、兄利美さんは18歳で船から落ちて亡くなった。盛子さんは今回の事故をテレビのニュースで知り、亡くなった兄の事故が頭をよぎった。
父も既に他界し、吉田さんが一家の大黒柱。1カ月前、漁に出掛ける際に盛子さんに「家のことを頼むぞ」と言って元気に家を出た。「今でも信じられない。兄は早く元気な姿で見つかってほしい」。ティッシュを鼻に当て、涙声で語った。
「前にも亡くなっているからねえ……。ちょっと何もいえない」。吉田さんの伯父伊勢直善さん(80)=同県陸前高田市=は、接岸する船を見ながら静かに語った。
【関連ニュース】
(毎日新聞)
ウゥ〜〜(ノ△・。)エック
最悪だ・・・・・・
うぅーそれにしても腹減ったなあ
でも、複雑な気分だな・・・。
ヽ(´ー`)ノ
◇岸 壁
青い空が広がるなぎの小名浜港。乗組員らを乗せた僚船、第6寿和丸が入港。接岸すると、海保の職員約10人が乗り込み、青いビニールシートで出入り口付近を覆った。
救助された甲板員、新田進さん(20)=福島県いわき市=の母裕美さん(46)は、ゼリー状の栄養補給食品30個入りのビニール袋を手に岸壁で出迎えた。午前8時前に「ゼリーがほしい」と父正さん(60)の携帯電話に電話があったという。岸壁から進さんを乗せた車に駆け寄った裕美さんは「とりあえず陸に上がってこれてよかった」と喜びながらも「1人でも多くの人が助かることを望んでいる」と一転して厳しい表情で話した。
救助された甲板員、大道孝行さん(37)=岩手県野田村=も海上保安部のワゴン車に乗り込んだ。出迎えた義弟(31)は「本人は泣いていた。亡くなった人もいるのでつらいと思う」と言葉少なに話した。
救助者はいわき市内の中村病院で健康チェックを受けた。中村雅英理事長は「3人とも油と海水を飲み、熱が出ている人もいるが、命に別状はない」と話した。
3人は漁協内で、野崎哲組合長や乗組員の家族に対し、「自分の身を守るのが精いっぱいで、周りの人を助けられずに残念です」「すみませんでした。元気にみんなで帰って来るはずだったのに」などと涙ながらに話した。
◇葬祭場
葬祭場には午前9時ごろ、遺体を載せたワゴン車など4台が入り、遺族が不安そうに見守った。遺族ら関係者約40人は駐車場から入り口までの砂利道を重い足取りでたどった。年配の女性は「疲れていますので……」とぽつりとつぶやいたが、ほとんどは無言でうつむいたまま。
しかし、遺体との対面が検死後と知らされると、宿泊先のホテルに戻る人も。目を赤く腫らし、手で目頭を押さえていた年配の女性もいた。若い男性は「まだ会えないので、何とも言えない……」とうつむいていた。
◇説明会
小名浜機船底曳網漁業協同組合内に設けられた家族の待機所では、帰港した「第6寿和丸」の船長らが午前9時45分ごろから、行方不明者の家族に事故状況を説明した。家族からは「何とか助けてほしかった」と涙ながらに訴える声も上がった。
「信じられない」。行方不明となった機関員の吉田悦雄さん(56)=岩手県奥州市=の妹盛子さん(53)は声を詰まらせた。盛子さんによると、吉田さんは母と妹の3人暮らし。中学卒業後、吉田さんは父親や兄の背中を追って、巻き網漁船に乗った。しかし、兄利美さんは18歳で船から落ちて亡くなった。盛子さんは今回の事故をテレビのニュースで知り、亡くなった兄の事故が頭をよぎった。
父も既に他界し、吉田さんが一家の大黒柱。1カ月前、漁に出掛ける際に盛子さんに「家のことを頼むぞ」と言って元気に家を出た。「今でも信じられない。兄は早く元気な姿で見つかってほしい」。ティッシュを鼻に当て、涙声で語った。
「前にも亡くなっているからねえ……。ちょっと何もいえない」。吉田さんの伯父伊勢直善さん(80)=同県陸前高田市=は、接岸する船を見ながら静かに語った。
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(毎日新聞)
ウゥ〜〜(ノ△・。)エック
最悪だ・・・・・・
うぅーそれにしても腹減ったなあ
でも、複雑な気分だな・・・。
ヽ(´ー`)ノ
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